2023年3月29日水曜日

奈良岡朋子(民芸)が亡くなった。

奈良岡朋子さんが亡くなられた。


役者になりたいと民芸にへばりついていたのは、わたし高校生のころから。

「火山灰地」「アンネの日記」・・・。

劇団に入りたくて二十歳の時、入団試験も受けた。

砂防会館での面接で落ちた。後で宇野重吉が語っていた、総じて受かるかどうかは「華が有るかどうかー」とのことばに納得。

その頃の役者さんはみんなほとんどいない・・・。

滝沢修、宇野重吉、細川ちかこ、北林谷栄・・・。

寂しかったかもしれないけど、奈良岡朋子は80を過ぎてからそれまで口を出さなかった若手たちの育成に力をいれはじめたという。

実際、劇団を去る人も出て、テレビで奈良岡、大滝秀冶を見たかと思ったら大滝も亡くなった。それでも凛となさっておられたような。

福島でようやく「黒い雨」で舞台上の奈良岡朋子を見た。福島移住していたからこその幸運でした。

朗読を終えられてからも舞台から観客に向かって声がけをされていた。その姿が心に残る。

さようなら。

2023年3月23日木曜日

3月「ほっこり亭」は「浜田廣介童話全集」で。

3月の「ほっこり亭」3月16日開催しました。

お知らせしましたように只今「浜田廣介童話全集」にはまっております。

 


取り上げた教材は「五匹のやもり」「むく鳥の夢」「町にきたばくの話」。

実は何を題材にするかチェックリストと思ったらほとんどが対象になるので、これまで何度も読んだものに落ち着きました。

語り口といいますか、「…なのでありました」「…のようであります」が心地よくていつまでも読んでいられます。

それにしても「編んでる牧場」のどうぶつたちが聞いたら大喜びしそうな描きよう。

「よぶこどり」にでてくるりすさんも、ほかにもくまにしても犬にしてもどこか優しく、悪さをしても憎めない温かい作者の眼を感じます。

どんな生き物もものがたりになるのですね。

オヤオヤ、雨戸から顔を出したやもりくんを発見!




編んでるシアター館も3月なのでひな祭り風に飾っています。


そういえばこの間乗ったタクシーの運転手さんが岩槻の人で、今ひな飾りをする家が少なくなって人形やさんが大変なんですって。

ほんとにこれなら大丈夫ってなりわいあるんかな。


2023年3月19日日曜日

見沼田んぼ、桜が…。

 さあ、今日の朝散歩、向こうに咲いてる桜まで行ってみましょう。

公園から見るとこんな風。

公園の桜はまだ三分咲きというところ


公園には、赤、白、桃色の椿も

菜の花畑もざわざわざわ
畑の土もざわめきだして


さあー!ついた!!

ほほう!
ぐるっと回ってみると

春だ!!!






2023年3月16日木曜日

春の見沼朝さんぽ開始します

 もうすっかり春の風。

お日さまにあたって、のお医者さんの言葉通り、朝の見沼散歩始めました。

見沼田んぼコースの入り口では見事な梅が迎えてくれます。


ね、すごいでしょ。

いつの間にか畑のあちこちに水仙、ヒヤシンス、芝さくらでしょうか、すっきりと立ち上がっています。この地球の仲間たちに「おはよう」を言えることが幸せ。







鳩たちも春が来たのでおおさわぎ。

パセリかな、サニーレタスも。



ゆきやなぎかな。



少し寒が戻ることがあっても、もう確実に春ですね。こんな身近に春を感じとれるってジワッときます。


通勤の皆様いってらっしゃーい。

2023年3月11日土曜日

東日本大震災から12年。

あの日、あの時間、私は一人さいたまの家にいました。

尋常ではない揺れに、老犬ロンと、まずはトイレが安全かと逃げ込もうとしましたが、ロンはトイレの前に座り込んで入ろうとしない…。

息子はその日は帰宅せず、会社に泊まることを選んで、翌朝帰ってきて、と思い出せば断片的に浮かんできます。

テレビは金子みすゞの詩を繰り返し流し、かと思えば停電で大騒ぎ。

でも被災地のことを思い心ざわめく毎日でした。

「子どもたちは・・・」

編んでるシアターを持って行きたい、その想いが届いたのは一年後でした。復興作業のため宿が取れなかったのです。

震災の直前、活動が評価されパナソニックの賞をいただいており、そのご縁で岩手の国民宿舎が一部屋空きがある、との知らせに飛びついて、それから現地のボランテイアセンターとつながって気仙沼、登米市の保育園、学童保育所。声がかかればどこへでも伺っていました。

初めて気仙沼に行き舟に乗った

一年経っても被災地は列車はまだ通っていず、タクシーだけが頼りでした。

そしてさらに一年、パナソニックさんのご紹介で福島のNpo の方々と知り合い活動の拠点を福島に移すことになり、何度か訪問するうち毎回ホテル滞在は大変でしょうから、仮設住宅の空いた部屋に安価で泊まりませんか、とのお話。

その仮設は浪江町の避難住宅で、福島市の佐原にあり、すぐNPOの方の車で向かいながら、山の中に吸い込まれていくような気がして、ああ、ここに住めないだろうか、いや住もう、帰りの新幹線の中で決めていました。

もう70歳を超えていましたから、しがらみはありませんでしたし、ここまで頑張ってきたんだから好きなことさせて、と。(でも今考えると、この年齢のお婆ちゃんを、佐原の方々がよく受け入れてくれたものです)住まいだけでなく編んでるシアター館そのものを移す計画です。



そして4か月後には、工務店さんの資材置き場を改装して住めるようにしてもらい、編んでるシアター館&ふくしまをオープン。

編んでる看板(玉ねぎ添え)

編んでる館内
日がな一日、山すそを歩き回り、お話を作ったり編んでるくんたちを連れてカメラに収めたり・・・。
前の庄屋様みたいな家の庭

子育て支援センター、保育園、学童保育所、福島市のイベント、浪江町のこども園、小学校、呼ばれればどこへでも行きました。

とやの子育てセンター

みんなのいえ


こじか子育て支援センター
浪江創成小中学校


若いお母さんの声も聴きました、仮設住宅のおばあちゃんとも話しました。

でも答えがかえせないんです、重くて重くて。

近くにあづま運動公園がありました。そこでリヤカーを引いて編んでるシアターをする計画を立てて公園側に許可を求めに行ったところ、併設するあづま総合体育館内の絵本ぶんこでやってみては、との提案を受け願ってもない展開になりました。



あづま文庫

そこでは集まる子供ばかりではなく、もうそろそろ何かしなくては、という60代の方々との出会いがありました。そういう方には「ななちゃん人形」差し上げましたが活用できてますかぁ。
教師をされていたという公園近くのジェラート屋さんでの「この絵本読んで!」でも高齢の方々と親しくなり、今でも交流が続いています。
佐々木牧場カフェ

カフェスペース


いろんな方との出会いも、テレビに取り上げてもらったりも。


いつも猿との戦い



福島テレビ

このまま福島に住み着くのも有りかな…と考えた4年目を目前にして病を得て、それまで健康だけが取り柄‼の気概もシュンとし、活動の足であったバイクも動かせなくなって、家人の帰って来いには立ち止まざるを得ずさいたまに戻ることになりました。

仮設も取り壊され、令和になりその後コロナ禍となり、などと私の道はそのように決まっていたのかとこのごろは考えることにしておりますが。

学びはありました。けれどあれから11年、12年と3月になると取り上げられる様々な罹災の体験を見、聞きすると学びだけで終わらせるはずではなかったのに、と悔いは残ります。
今、福島とのつながりは出会った子どもたちに「お誕生日カード」を出すこと。
お誕生日カード’(前は手描きでしたけど)
もう半分くらいは10歳になったり、引っ越したりで終わっているのですが、年賀状でかえってきたりして嬉しいものです。何とか子どもたちが10歳になるまでこちらが持ちますように。
ほんとはもっともっと福島のこと話すことがいっぱいあるのに、忘れられないこといっぱいあるのに、このブログを朝から一日中、書いているのにもどかしい気持ち。
福島滞在記みたいになっちゃった。

2023年3月6日月曜日

新しいワンちゃん仲間入り

たくさんのワンちゃんが編んでる村にはいるのですが

4月の水野書店「こむぎのほ(ウクライナ民話)」にはあわないかと

思案しているうちにもう手が動き出して新しいワンちゃんの誕生です。

ちょっと前まで気が沈んでいたのでロン君の弟、ルン君を使えばいいや、と

考えていましたがルン君のイメージが強すぎて編むことにしました。

それが可愛いの‼のんびり屋でふわーんとした感じがイメージにあってます。